さて、唯幻論語の第一弾は、

《抑圧》

【引用】
岸田
精神分析で無意識を意識化するということが言われますが、何を意識化するかというと、抑圧された欲望とか感情とかコンプレックスというより、むしろ無意識的な思考過程なんですね。(後略)」
ーーーー精神分析ではよく「抑圧」という言葉を使いますね。なんか、その場合、あるものを明るいところから暗いところへと運ぶようなイメージがあると思うんですけれども、基本的にはそういうイメージなんでしょうが、そのものというのは一種の思考なんですね。
岸田
「思考過程です。ある体験を抑圧するというとき、たとえばその体験が非常にショッキングな体験だったとしますね。このとき、それはショッキングな体験ではないんだ、たいして気にする必要はないんだ、そんなの誰でもする普通のことなんだ、などと考える思考過程があって、その思考過程がショッキングな体験をありのままショッキングな体験と見る正しい思考過程を抑圧し、体験の抑圧を支えているわけですよ。この思考過程は論理的に間違っているゆがんだ思考過程ですが、自覚しない限りはそのことが見えません。・・・」
(「心はなぜ苦しむのか」P90)


【解説】
「抑圧」は唯幻論で中心的な最も重要な観念だろう。ところがこの観念がなかなか分かりづらい。上に引用した文章が、一番分かりやすい定義または説明だと思う。
【一般定義】
精神分析では、嫌な観念や感情などを無意識に追いやること。この過程自体が無意識に行われる一種の防衛機制
【誤解と批判】
幼児期の抑圧されたトラウマに、大人になってからもとらわれ、影響され、行動を支配されるというのは、なんだか、神秘主義というか、何を根拠にという疑問がわくであろう。科学的な根拠も示さずに少数の症例を根拠に、それを一般公式として提示しているので、科学的とはいえないというのが、批判の定番である。この批判は正しいと思う。精神分析はいわゆる科学ではないのだろう。または、科学の枠組みをもう少し広くする必要があるのかもしれない。
フロイド自身も、精神分析は、科学的な根拠を提示して、その理論を証明するのは難しいと言っているようである。特に、この「抑圧」のメカニズムを実感として納得できなければ、精神分析理論も唯幻論も納得できないであろう。
しかし、抑圧というメカニズムは間違いなく存在するのである。「過去」が、「現在」を支配する場合があるのである。
抑圧のメカニズムを理解する道は、自己分析である。自分の抑圧を理解することによって、抑圧というメカニズムがまさしく存在するということが納得できるのである。
【自己分析】
自己分析をする場合に、無意識に抑圧されている感情やトラウマを直接発見することはできない。無意識は自分には見えないからである。しかし、「現在」の行動は支配しているわけであるから、行動には現れるのである。自分の行動を支配する思考過程がゆがんでいれば、抑圧があるのである。抑圧された思考過程やゆがんだ無意識的な思考過程の発見が、抑圧されたものの発見の糸口になるのである。
自分の行動を客観的に分析し、そこにあるゆがんだ思考過程を発見するためには、他者が必要である。
【類似語】
「禁圧」「非自己化」